米トランプ政権の離脱宣言後も続くパリ協定体制

 

WWFジャパン

気候変動・エネルギーグループ長

山岸 尚之

 

■トランプ大統領による背信的パリ協定離脱宣言

 

 半ば予想していたことではありつつも、2017年6月1日(日本時間の2日未明)に発表された米トランプ政権のパリ協定離脱宣言は、国際社会を失望させた。

 

 離脱を決定した事実そのものも大きな失望であったし、そのスピーチも「パリ協定はアメリカに不公平だ」と一方的な内容であった。長い交渉期間を経て、各国が互いに譲歩する中でようやくたどり着いたのがパリ協定であるという事実に対して、恐ろしいほどの無理解を示すスピーチで、国連交渉を長く見てきた人間からすると噴飯ものの内容であった。

 

 

■国際社会およびアメリカ国内の素早い反応

 

 しかし、国際社会の反応は早かった。フランス、ドイツ、イタリアはいち早く声明を出し、パリ協定の支持と、同協定の再交渉はありえないとする声明ですぐに反発を行った。中国、インドも続き、日本も、控えめな表現ではありつつも、「失望」を表現した。

 

 さらに大きかったのが、足元のアメリカでの反応だった。カリフォルニア州、ニューヨーク州、ワシントン州の州知事たちが、いち早くパリ協定支持を打ち出し、ロサンジェルス市、ボストン市などの都市レベルでも合同で支持宣言が出された。 こうした流れは、2017年6月5日には、「We Are Still In(私たちはそれでもとどまる)*1」という、1200を超える州、都市、企業、大学による連盟での国際社会に対する共同書簡へと発展していった(参加主体はその後も増え、現在は1600を超えている)。  

 

 結果として、米「政権」の意思はともかく、アメリカ国内も含め、国際社会の圧倒的なパリ協定支持が、以前より明確に示される結果となった。

 

 

■パリ協定はどこへ行く?

 

 さて、それでは、肝心のパリ協定は今どうなっているのであろうか。

 

 パリ協定は2015年のCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で採択され、わずか1年で発効に至った。パリ協定のような多国間条約としては異例のスピードである。この発効をうけて、パリ協定は「ルールブック」とよばれる細則を作る作業に入った。

 

 パリ協定はそれ自体が巨大なルールといえるが、29条の条文だけでは書ききれなかった内容を、今後、交渉で詰めていく必要がある。詰めるべき内容は、国連気候変動枠組条約事務局が整理した資料によると60項目にもおよぶ。これらについて作られる細則を総称して「ルールブック」と呼んでおり、2018年のCOP24までに策定することになっている。実質的な交渉期間は2年。といっても、会議は毎日あるわけではないので、実際の交渉時間はもっと限られている。

 

 この「ルールブック」交渉の中で議論されているものの中には、J-SUSのテーマにとっても極めて重要なものが含まれる。 たとえば、各国が、自国の目標に対しての進捗をどのくらいの頻度でどのように報告し、国際社会はどのようにそれをチェックするのかなどが議論されている。

 

 パリ協定の下での目標は、京都議定書の時と違って、共通の様式がない。各国がそれぞれの形式(総量、原単位、BAU比*2、・・・)で掲げており、途上国の目標には資金支援等が利用可能であることなどの条件が付いているケースも多い。また、多くの国々の目標では、排出量削減数値目標だけでなく、再生可能エネルギー、省エネルギーに関する目標、森林吸収源に関する目標、定性的な政策に関する目標なども含まれる。さらに言えば、いわゆる排出量削減(緩和)目標だけでなく、温暖化影響に対する適応対策に関する目標を盛り込んでいるものも多い。

 

 それらの目標の進捗・達成をどのように確認するのか。そして、それらの達成に際して、市場メカニズムを通じた海外での排出量削減やそのクレジットは、どのようにカウントするのか。

 

 専門的・技術的な論点ではあるが、「細部に悪魔は宿る」という言葉がある通り、それらをめぐる交渉は、しばしば政治的な意図もまざり、複雑化する。これらを乗り越え、2018年に予定通りルールブック策定するのは決して簡単ではない。

 

 これらはあくまで国レベルでのルールに関する交渉であるが、国レベルで何を求められているかは、当然ながら、企業・自治体レベルでの議論にも影響するであろう。

 

 ただ、この交渉そのものに対して、前述のトランプ政権離脱が与える影響はあまり大きくなさそうだ。なぜなら、先進国の一員としてアメリカがしたであろう主張は、おそらく、他の先進国も行う。その意味で、アメリカが交渉を抜けたからと言って特段に楽になるわけでも、厳しくなるわけでもない。

 

 

■「促進的対話」で高まる非国家アクターへの期待

 

 2018年は、実は「ルールブック」策定以外にも大事な機会がある。それは「促進的対話(Facilitative Dialogue)」と呼ばれるプロセスである。

 

 パリ協定の一つの大きな特徴は、5年ごとに目標を見直し、改善するという仕組みにある。よく知られているように、パリ協定の下で各国が掲げている排出量削減目標は、パリ協定の「目的」の達成には足りない。パリ協定の目的の中でも特に重要なのは、世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して、2℃より十分低く、かつできる限り1.5℃に抑えることであるが、そのために必要な削減量は、現状の各国の2025年/2030年目標では確保できない。

                                             図表1 パリ協定の5年サイクル

 これを、徐々にでも、改善していこうというのが、パリ協定で導入された「5年サイクル」である。そして、その最初の機会が2018年の「促進的対話」である。「促進的対話」では、世界全体の取り組みの見直しが行われる(図表 1)。

 

 つまるところ、「促進的対話」で期待されているのは、最終的に、国々が「よし、それでは削減目標を引き上げることができるか、少なくとも検討はしよう!」ということに、合意できるかどうかである。

 

 これは決して容易なことではない。しかし、もしそれが可能になるとしたら、どんな条件が必要か。1つは、逆説的ではあるが、たとえ一部の国でも、目標を見直す「先例」が出てくることだろう。

出所:WWFジャパン作成

 

 そして、もう1つは、企業・自治体などの非国家アクターの役割である。もし、企業や自治体での取り組みが、各国がそれぞれの削減目標で想定している以上の勢いを生み出していたら、政治指導者たちの中から「それならば・・・」と考える人々が出てくるかもしれない。

 

 このため、企業や自治体などの非国家アクターから2018年のCOP24までに、積極的なイニシアティブが多数出てくることが望ましい。

 

 

■WWFの貢献

 

 WWFもこうした流れに貢献するべく、様々な活動を展開している。まず、WRI(世界資源研究所)、CDP、UN Global Compactと協力して、Science Based Targets (SBT) イニシアティブ(http://sciencebasedtargets.org/)を2015年から推進している。このイニシアティブは、企業に、「2℃」目標と科学的に整合する目標を持ってもらうことを促進するイニシアティブである。2017年6月までの時点で、286社が参加しており、実はこのうち36社が日本企業である。

 

 日本国内でも、WWFジャパンは、企業の温暖化対策ランキング報告書を2014年から随時発表することで、企業の温暖化対策のより積極的な温暖化対策やSBTへの参加を奨励している。

 

 また、自治体については、自治体からの積極的な貢献を引き出すために、ワンプラネット・シティチャレンジ(OPCC)という自治体の温暖化対策に関する国際コンテストも開催している。

 

 折しも、日本では「長期戦略」の策定プロセスが動いている。積極的な企業や自治体の気候変動対策を背景に、政府自身がより積極的な「脱炭素化」への道筋を描くことに期待したい。WWFジャパンとしてのビジョンは『脱炭素社会に向けた長期シナリオ2017』(http://www.wwf.or.jp/re100_2017/)という形で発表しているので、ご関心があればぜひ参照されたい。

 

 

 

★1 We Are Still In (http://www.wearestillin.com/
★2

BAU比:特段の対策のない自然体ケース(Business As Usual )