水リスクをどうやって評価すべきなのか?

 

KPMGあずさサステナビリティ株式会社

代表取締役 斎藤 和彦

 

 OECDの予測によれば、2000年から2050年にかけて淡水需要は50%以上増加することが見込まれており、この増加は主に新興国や途上国で生じると予想されている。2000年における世界の人口は約60億人であり、2050年には90億人を超えると予想されているので、単純に人口だけで考えても50%以上の増加が見込まれている。

 

 淡水の需要に影響を与える人口以外の要素としては、経済成長や消費パターンの変化が挙げられる。特に、消費パターンの変化に関しては、新興国や途上国が豊かになるに従い、1人当たりの食肉の消費が増加し、これに伴い飼料としての農産物の生産も確実に増加すると予想されている。世界の淡水需要の約70%は農業のための灌漑用水であることを考えると、農産物生産の増大が淡水需要に与える影響は大きい。

 

 一方で、気候変動が降雨パターンに与える影響を通じ、多くの乾燥地域における降雨量は減少していくことが予想されている。既に淡水資源の需給がひっ迫している地域がある中、今後予想される淡水需要の増加や気候変動の影響を考えると、多くの地域において淡水資源の需給はますますひっ迫すると予想される。

 

 企業は、工場の操業において直接的に淡水資源を利用しているだけでなく、原材料の調達という形で間接的に淡水資源を利用している。工場が立地する地域や原材料が生産される地域で水不足が生じた場合、企業の生産活動には確実に影響が生じる。

 

 「水」が企業の財務に与える影響に対する機関投資家の関心は高まっており、投資家が企業に直接的な働きかけを行う動きが出てきている。また、UNEP金融イニシアティブ(UNEP FI)とグローバル・キャノピー・プログラム(GCP)による「自然資本金融アライアンス」は、信用リスクの評価において企業の水リスクを組み込むためのツールを開発している。気候変動の場合と同様、企業には、水リスクを適切に評価し、特定したリスクに対応するとともに、投資家等の資本提供者に対して十分な情報を開示することが今後ますます求められるようになると考える。

 

 企業にとっての実務的な課題として、「水リスクをどうやって評価すべきなのか?」というものがある。水リスクを評価していないとCDPウォーター質問書に回答しても高い評価を得ることが難しいことから、水リスク評価ツールを用いて「てっとり早く」水リスク評価を行うという誘因が生じるかもしれない。しかし、水リスク評価ツールを用いて意味のある評価が可能なのは水リスクの一部の要素だけであることには留意しなければならない。

 

 水リスクの要素としては、物理的リスク(水不足、洪水、水質汚濁などによるリスク)、評判リスク、規制リスクなどが挙げられるが、水リスク評価ツールで意味のある評価ができるのは、現状、一部の物理的リスクにとどまると考えるべきであり、それ以外のリスクについては別の方法で調査せざるを得ない。また、評価結果に100%依拠できるほど水リスク評価ツールの精度は高いとは言えず、水リスクを適切に把握しようとすれば、補完的な調査が必要となる。

 

 CDPウォーター質問書に回答するプロセスは、企業が自らの水に関するリスクや機会をよりよく理解する上で役に立つものであると信じるが、その一方で、水リスク評価ツールを用いて「てっとり早く」水リスク評価を行うことを結果的に促すことになってはいないか、これに関わっている立場として気にしていることも事実である。水リスク評価の範囲や精緻さは、個々の企業の潜在的な水リスクの特性や大小に応じて決定されるべきと考える。

 

 しかし、CDPウォーター質問書に回答することだけを目的とし、水リスク評価ツールを用いて「てっとり早く」水リスク評価を行うというのは、仮に結果として高い評価が得られたとしても、本質的に生産的な作業であるとは言えない。時間はかかるかもしれないが、評価すべき水リスクの要素をしっかりと特定し、個々のリスク要素を評価するためにはどのような調査方法が適切かということを十分に吟味した上で、水リスク評価を実施すべきであると考える。