アカウンタビリティからレスポンシビリティへ

 

神戸大学大学院経営学研究科

教授 國部 克彦

 

 企業による社会環境情報開示の根拠を何に求めるべきか。これは、社会環境会計の領域で長年のテーマであった。有力な理論は2つある。意思決定有用性理論とアカウンタビリティ理論である。

 

 意思決定有用性理論は、企業はステークホルダーの意思決定に有用な情報を提供すべきという理論で、社会環境情報だけでなく、財務会計情報開示の根拠として広く普及している。一方、アカウンタビリティ理論とは、企業はステークホルダーに対して、社会や環境の資源を利用する権限を与えられているので、それに対して説明責任があるという理論である。

 

 意思決定有用性理論とアカウンタビリティ理論は似ているように見えて、重要な相違がある。そのひとつは、アカウンタビリティは、意思決定の有用性に関わらず、履行しなければならない点にある。意思決定有用性理論によれば、意思決定に有用でない情報は必要でないということになるが、アカウンタビリティ理論によれば、何らかの資源や権限が与えられれば、それに随伴して説明責任が生じると考えるので、意思決定有用性理論で考えられる範囲を超えて情報開示の責任が求められることになる。

 

 さらに、意思決定有用性理論には、情報開示の対象者を決定する理論が存在していない。株主や投資家という情報開示の対象者があらかじめ決められていて、その対象者に対する有用性が議論される構図になっている。したがって、社会環境情報のような財務情報の枠を超える情報を誰に提供すべきかという問題は、意思決定有用性理論では解くことができない。これに対して、アカウンタビリティ理論は、資源または権限を与えられたもの(受託者)が、与えたもの(委託者)に対して情報開示すべきという理論であるので、社会や環境の所有者(すなわち市民)が情報開示を受ける権利があることを導出できる。

 

 したがって、社会環境情報開示の文脈では、意思決定有用性理論よりもアカウンタビリティ理論の方が、より根本的な理論として位置づけることができる。GRIやIIRCの<IR>フレームワークには、上記のようなアカウンタビリティの概念を反映した説明が織り込まれている。アカウンタビリティを社会環境報告の文脈に適用した場合は、従来の財務的アカウンタビリティを社会的アカウンタビリティにまで拡張することが求められることになる。

 

 筆者も、かつてはこのアカウンタビリティの拡張を中心に社会環境情報開示の理論を構築しようと試みていた。しかし、研究を進めるうちに、アカウンタビリティ理論には大きな限界があることに気がついた。それは、たとえ財務的アカウンタビリティを社会的アカウンタビリティに拡張したとしても、そこにはやはり特定の委託者が存在し、報告者は受託した範囲で説明責任を果たせばよいという枠組みの外に出ることはできないことである。社会環境報告の世界では、誰が委託者で、何を委託しているのか、一般的な合意はまだ形成されていないので、誰が委託者で、何を求めているのかを、自発的に探求していかねばならない。この部分がアカウンタビリティ理論からはうまく導出できないのである。

 

 この問題に一つの解決の糸口を与えるのがレスポンシビリティの概念である。レスポンシビリティに関しては、哲学や法学を中心に、これまで膨大な学説が蓄積されているが、その本質をめぐる有力な理論に、レスポンシビリティがresponseとabilityの合成語であることから、応答責任をその本質とする理論がある。この考え方によれば、レスポンシビリティとは「応答できること」であり、応答できるから責任が生じるということになる。応答するということは、その対象があり、それを他者とすれば、responsibilityとは他者の呼びかけに対して応答することに他ならない。

 

 これを社会環境情報開示の文脈に適用すれば、企業は、常にresponseする相手を探して、どのような呼びかけに応えるべきかを探索し続けないといけないことになる。これは、アカウンタビリティ理論が、受動的な説明責任を中心に理論を組み立てていたのに対して、レスポンシビリティ理論は、より主体的で能動的な理論として定式化できる。現在の、社会環境問題を考えれば、SDGsを例に挙げるまでもなく、問題は複雑かつ多様に分岐している。そのすべてに応答することはとてもできない以上、何にどのように応答すべきかを考えることが極めて重要なポイントになる。

 

 しかも、応答できる人の能力は同じではないから、問題は同じでも、レスポンシビリティは、個人や組織によって異なるのである。このような問題は指摘されればその通りと思われるであろうが、この点を意識したうえでの理論構築はこれまであまり行われてこなかった。ほとんどの出発点は、アカウンタビリティや意思決定有用性のような情報開示の対象が定まった地点から議論される傾向にあった。しかし、より重要なことは、そのような制約を外したうえでの、応答の可能性の再認識である。これはレスポンシビリティの概念からでなければ接近できない。このようなレスポンシビリティ概念を核とした新しいCSRや情報開示の理論構築が必要とされている。