EUのサステナブルファイナンス
高崎経済大学 経済学部
教授 水口 剛
EUの技術的専門家グループ(Technical Expert Group on Sustainable Finance: TEG)が2019年6月に「タクソノミー・テクニカルレポート」を公表したことから、EUのタクソノミーににわかに注目が集まった。タクソノミーとは、元々は生物学における分類学からきた用語だが、ここではサステナブルな経済活動の定義と分類を意味している。
EUのタクソノミーは、それだけが独立して存在するわけではない。サステナブル金融に関するハイレベル専門家グループ(High-Level Expert Group on Sustainable Finance:HLEG)が約1年の議論の結果として、2018年1月に最終報告を公表し、それを受けて同年3月に欧州委員会がアクションプランを公表した。
このアクションプランでは、グリーンボンドに関するEU基準を定め(アクション2)、機関投資家には運用におけるサステナビリティリスクの考慮を義務付け(アクション7)、企業の非財務情報開示を強化する(アクション9)など、市場全体にサステナブル金融を組み込むことが意図されている。その一環として、サステナブルな活動とは何かの判断基準となるタクソノミーが必要とされたのである。
実際に原案を作成しているTEGのメンバーを見ると、ブルームバーグやアリアンツなどの金融関係者、グリーンボンド原則の事務局を務めるICM(国際資本市場協会)のほか、CDPやGRIの名前も見られる。中でも、タクソノミー・ワーキンググループには、BNPパリバのヘレナ・ヴィネス・フィスタス(Helena Vines Fiestas)、気候ボンドイニシアティブ(CBI)のショーン・キドニー(Sean Kidney)、PRIのネイサン・ファビアン(Nathan Fabian)などが入っている。
長年、民間が主体になってESG投資やサステナブル金融を進めてきたという実績を前提にして、今回の議論がなされていることがわかる。先進的に取り組んできたメンバーがそれを他の金融機関へも広げ、市場全体の底上げを図ろうとしているという構図なのである。
ところが日本ではそのような全体像を見ずに、タクソノミーの部分だけを切り出して、批判する意見がある。たとえば、「化石燃料の利用に象徴される、特定の経済活動・技術・製品の利用を恣意的に排除するような議論は、金融機関・投資家による『貸しはがし・貸し渋り』やダイベストメントを惹起する *1」という。だが、タクソノミーは何ら禁止規定ではない。グリーンボンドではない普通の債券で自由に資金調達できるのに、なぜこれが貸しはがしや貸し渋りになると思うのだろうか。
また、「『グリーンリスト』を予め固定化すると、既存の様々な技術や設備のエネルギー効率改善・低炭素化に向けた投資が阻害される」という。たしかに、タクソノミーのようなやり方には、技術発展の方向を固定化しかねないという可能性があることは事実である。
だが、その程度のことに、この議論をしているTEGのエキスパートたちが気づいていないとでも思うのだろうか。当然、十分にそのリスクも理解した上で、それでも必要だと考えるから、推進しているのではないだろうか。
サステナブルかどうかの判断は、「多面的要素を考慮した総合評価に立脚すべき」だという意見もある。もちろん、サステナビリティの課題は気候変動だけではない。TEGの中に、そのことを理解していないメンバーがいるとは、とても思えない。
それにしても、「どれかの目的に偏らず、複数目的のバランスを確保すべきである」とは、ずいぶんのんびりした意見ではないか。まるで、目の前で自分の家が火事なのに「待て待て、水を掛けたら、家具や畳が濡れるではないか」と言っているような感じだ。「もっとバランスの取れた対策があるのではないか」「多面的な可能性を残した方が・・・」って、そんなことを言っている間に家が燃えてしまうではないか。「まず火を消せ!」と思わないのだろうか。物事には優先順位があるのではないか。
2019年は九州での豪雨にはじまり、台風15号に19号と立て続けに大きな被害があった。海水温の上昇が降水量を増幅しているのは明らかだ。このままいけば、地球の平均気温はさらに上がり、被害はますます大きくなる。これだけ豪雨と水害に見舞われながら、なぜこんなにのんびりした意見になるのか。タクソノミーに対するヨーロッパと日本での受け止め方の違いには、危機感の違いが表れている。
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一般社団法人日本経済団体連合会(2019年9月4日)「サステナブル・ファイナンスをめぐる動向に対する課題認識」 |