ESGレポート(統合報告書)の傾向
※本稿は、「GPNコラム」Vol.13(グリーン購入ネットワーク、2021年5月26日発行)に 掲載されたものを若干修正し、同会の承諾のもと掲載しております。
一般社団法人サステナビリティ情報審査協会
代表理事 松尾 幸喜
■投資意思決定において重視されるESG情報
企業を評価するうえで、財務情報のみならず非財務情報が有用であるという認識が、近年急速に社会に浸透してきています。証券市場関係者は、彼らの企業評価にとって重要な非財務情報は、特に環境(environment)、社会(society)、ガバナンス(governance)に関する情報であると考え、それらの頭文字をとってESG情報と呼んでいます。
証券市場関係者が重視するESG情報とはどのような情報なのでしょうか。
図1:世界の投資家の投資意思決定に影響するESG情報
国際的な会計事務所であるEYが世界の投資家を対象に2018年に実施した調査(有効回答数=260)では、8種類のESG関連のリスク情報を対象として、それらの情報が今後の投資意思決定にどのように影響するかを問うています。回答には、「直ちに除外する(投資を中止する)」「(投資適格性を)検討しなおす」「影響なし」の3つの選択肢が準備されていました。
調査の結果、すべてのESGリスク情報に関して、驚くべきことに約9割あるいはそれ以上の機関投資家が「直ちに除外する」または「検討しなおす」と回答していました。「影響なし」と回答した機関投資家はおよそ1割もしくはそれ以下にすぎませんでした。
出典: EY「Does your nonfinancial reporting tell your value creation story?」(2018)を基に
筆者が作成(日本語訳も筆者による)。引用にあたってはEYから許諾取得済。
■ESG情報公表企業数の推移
KPMGが世界の大企業を対象に定期的に行っている調査の報告書には、サステナビリティ情報(ESG情報と同じと考えてよいでしょう)を公表している企業数の推移を見ることができます。
調査は、2つのグループを対象としています。ひとつはG250と呼んでいるグローバル企業250社のグループ1 、もうひとつはN100と呼んでいるグループで、調査対象国の各々における大企業で構成されます2。
1999年よりも前の時期におけるG250のデータはありませんが、N100は1993年において12%、1996年において18%がサステナビリティ情報を公表していました。このことは、企業評価のためにサステナビリティ情報が有用であるとの認識が、GRIサステナビリティレポーティングガイドラインの初版が発行される前の時点で、すでに一定割合で世界に広まっていたことを示すものと考えられます。
1999年においては、G250のうちサステナビリティ情報を公表している企業は35%、N100に属する各国の大企業においては24%でした。その後G250、N100ともに毎年割合は伸び続け、2011年にはG250でESG情報を開示している企業の割合は95%に達しました。G250の割合はその後横ばいを続けており、ESG情報を開示している企業の数はほぼ飽和状態にあると見られます。
図2:ESG情報を公表している世界の大企業の割合
2011年にG250の割合が95%に達したとき、N100の割合は64%でした。N100の割合はその後も増え、2020年の値は77%となり、ESG情報を開示している企業の割合は着実に増加していることがわかります。
出典:
KPMG International 『The time has come – The KPMG Survey of Sustainability Reporting 2020』(2020)p.10を基に筆者作成。引用にあたってはKPMGから許諾取得済。
■ESG情報の開示媒体
同じくKPMGの調査によるものですが、非常に興味深い別のデータがあります。調査対象である大企業3の公表しているサステナビリティ情報の媒体に関して、「サステナビリティ情報を含むアニュアルレポート」(サステナビリティレポートとアニュアルレポートとを一体化した報告書)によるものは徐々に増加する傾向にあり、2016年には63社になっていました。しかしながら、2017年には突然に半数以下の30社に減少したのです。その後も2018年には27社、2019年には26社と減少を続けています。
図3:日本の大企業がESG情報を開示している媒体
また、サステナビリティレポートとアニュアルレポートの両方を発行しているものの、アニュアルレポートにはサステナビリティ情報を記載していない企業は2015年、2016年にはそれぞれ48社、43社でしたが、2017年には26社に著しく減少しました。
これらに代わって、サステナビリティレポートとアニュアルレポートをそれぞれ発行し、その両方においてサステナビリティ情報を報告している企業が、2017年には前年の96社から一気に52%増えて146社になったことは注目されます。
出典:KPMGあずさサステナビリティ株式会社『日本におけるサステナビリティ報告書2019』(2019)p.6、同『日本におけるサステナビリティ報告書2018』(2018)p.6、同『日本におけるサステナビリティ報告書2017』(2017)p.6 を基に筆者作成。引用にあたってはKPMGから許諾取得済。
この2017年の急激な変化の背景についての直接の調査はなされていませんが、KPMGは、「アニュアルレポートだけでは、企業の環境、社会、ガバナンスの側面に着目した投資行動を行うESG投資家をはじめとする幅広いステークホルダーの情報ニーズを満たすことが難しい、という企業の認識を反映したトレンドであると考える」と述べています。
国際的なESG評価機関は、多くの場合、公表されたESG情報を基に企業を評価しています。これらのESG評価機関は、多数の企業を対象に共通の基準をもって評価するために、最大公約数的に評価項目を広く設定している傾向にあります。このことから、ESG評価に対応しうる情報開示を企業が試みると、どうしても幅広くESG情報を公表することになり、それゆえにアニュアルレポートや統合報告書だけを開示媒体とするのでは足りなくなるものと考えられます。
■投資家が企業に求めるESG情報
一方で、投資家サイドはそのような幅広い領域のESG情報の開示を必ずしも好ましいとは考えていないように思われます。
冒頭に触れた国際統合報告評議会(IIRC)は、その国際統合報告フレームワークに掲げる7つの指導原則のうちのひとつとして「簡潔性」を挙げており、「統合報告書は簡潔であること」を求めています。同時に「網羅性(完全性)」と「比較可能性」にも言及されているので、単に情報が少なければよい、ということではありませんが、網羅性を重視するあまりに簡潔さを犠牲にするのも好ましくない、ということです。
それではどうするのがよいのでしょうか。上述のIIRCの国際統合報告フレームワークの3.37項、3.47項に大きなヒントがあると考えています。
3.37 | 統合報告書は、関連性の乏しい情報による負担を避けつつ、組織の戦略、ガバナンス、実績及び見通しを理解するのに十分な文脈を備えるものとする。 |
3.47 |
統合報告書が網羅的であるというとき、それは正と負の両面について、重要性のある全ての情報を含む。重要性のある全ての情報が特定されていることを確実にするために、同業種の組織の報告している内容が考慮される。なぜなら、同業種の全ての組織に共通の重要な事象というものはたいてい存在するものだからである。
|
出典: | 「INTERNATIONAL <IR> FRAMEWORK」(2021)を基に筆者和訳。和訳にあたっては「国際統合報告フレームワーク 日本語訳」(2014)(国際統合報告評議会 日本公認会計士協会訳)を参考にした。 |
ここから読み取れるのは:
- 統合報告書には、関連性4の乏しい事象を記載しない。
- 関連性のある事象のうち、重要性5のある事象については、これを網羅的に記載する。
- 重要性のある事象は、同じ業種内の企業には共通しているものがあることに留意する。
という主張です。
統合報告書やサステナビリティ報告書などにどのようなESG情報を開示すべきかを検討するにあたっては、自社の開示すべきESG指標のリストを公的なオーソリティ(ガイドラインなど)に求めてしまいがちですが、実はそれは必ずしも適切ではありません。
経営者は自社にとって何が重要 material な情報であるのかを自らが評価し、自らが決定し、それを評価・決定のプロセスとともに公表する、ということが求められているのです。
経営者が自社の経営計画を語り、わが社の経営計画やその目標達成に重大な影響を与えうるリスクや機会を述べる。 「ESGに関するリスクや機会に対しては、戦略的にリスクの抑制策と機会の促進策を打っている」、「それらの施策が適切に実施されるように適切なガバナンスを実行している」、「それゆえ、わが社の経営は計画どおりに進み、目標を達成できるものと信じている」。投資家は、経営者にそう言ってもらいたいのです。
■企業経営における重要性とステークホルダーのニーズ
サステナビリティ会計基準審議会(SASB)や既述のGRI等の機関は、企業のサステナビリティ情報開示のための指針・基準を公表し、あるいは公表を検討しています。
それらの指針・基準は、開示することが適切であるESG指標が何であるかを解説するものではありますが、報告主体である企業にとって重要であるか否かを考慮することなくそれらのESG指標の開示を求めるものではないと考えるべきです。開示することが適切か否か、すなわち報告企業の経営にとって重要であるか否かを当該企業が評価する際に、参考にすべきESGに関する拠り所を提供してくれるものと理解するのがよいと思われます。
一方で、図3に示される調査結果から窺えるように、報告企業の立場にしてみれば、ESG評価機関による評価に留意せざるを得ないところはあると思われます。また、自社にとって重要な他のステークホルダーが特に開示を求めてくるESG情報があるかもしれません。
すなわち、重要なステークホルダーが求めるESG情報であれば、仮にそれが経営にとっての重要な影響に関わるものではないESG情報であったとしても公表する、そしてそうすることによって、ステークホルダーから低い評価を受けることを回避する、という戦略は、特に投資家やアナリストなどの証券市場の利害関係者に対する有効な情報の開示という目的に照らし合わせると、賢明であるといえるでしょう。
このように、SASBやGRIの指針・基準等を参考にしつつ、報告企業に重要な影響をもつESGに関わる情報を特定し、これを公表するとともに、自社の重視するステークホルダー(ESG評価機関を含む)が開示を求めるESG情報をも公表する、といったことが、現時点では有効なESG情報開示戦略であると考えられます。
※注釈
1: |
フォーチュン誌のグローバル500にリストされる500社のうちの売上高上位250社。 |
2: |
調査対象各国の売上高上位各100社。調査年度ごとに調査対象国の数が異なるため、対象企業の総数は一定ではありません。例えば2002年の調査対象国は16か国でしたので、調査対象企業の数は1,600社でしたが、2020年の調査対象国は52か国でしたので、調査対象企業の数は5,200社となっています。 |
3: |
日経225銘柄にリストされた225社が調査の対象です。 |
4: |
関連性のある事象relevant mattersとは、組織の価値創造能力に影響を与える、または影響を与える可能性のある事象である、と定義されます。同フレームワーク3.21項参照のこと。 |
5: |
重要性 materiality とは、価値創造に与える既知の、または潜在的な影響に関する重要度 importance の程度であり、重要度は事象の影響の大きさと発生可能性の大きさで評価されます。同フレームワーク3.24項参照のこと。 |