ESG情報審査の実務について
~「ESG情報の外部保証ガイドブック」((株)税務経理協会)第3章のご紹介~
一般社団法人サステナビリティ情報審査協会
代表理事 松尾 幸喜
ステークホルダーが企業を評価する際にESG側面に係る情報が欠かせないとの認識は、国際社会にすっかり浸透したといってよいでしょう。ESG関連の経営リスクの存在がここ数年で明確に認識され、その適切な管理と抑制をステークホルダーが企業に求めるようになりました。
どのようなESGリスクがあるのか、どの程度の規模なのか、適切に管理されているのか。 ステークホルダーは、そのような思いから信頼できるESG情報の開示を求めています。 企業もステークホルダーの期待に応え、支持されるために、自らの開示するESG情報を信頼性高いものにしたいと考えています。 そこにESG情報の外部保証が求められています。
特に定量的なESG情報(ESG指標)においては、さまざまな算定方法が考えられます。それゆえ、自社の算定が果たして公正妥当なのか、外部保証機関の審査人に受け入れられるのか、そもそも審査人は保証業務においてどのような手続を行うのか、といった疑問を抱く企業の方々は少なくないと推察されます。
『一般社団法人サステナビリティ情報審査協会「ESG情報の外部保証ガイドブック」(株)税務経理協会、2021.』の第3章(同書、p.111-195)には、「ESG情報審査の実務」と題して、温室効果ガス排出量や廃棄物排出量、取水量、排水量などの環境パフォーマンス指標や、休業災害度数率や女性管理職者比率などの社会性パフォーマンス指標について、代表的な算定方法と審査人の手続の要点が記されています。
そのなかで、従業員数の指標を算定すること及び審査することは容易ではないと同書が主張していることは興味深く思えます。
「従業員数は整数であって、別の単位に換算したりしませんし、またその数を推定によって算定することもありません。なにより、温室効果ガスなどのように目にみえないものではなく、はっきり目でみて数えられます。ひとりひとりに名前があるので区別も容易です。それゆえ、この指標も報告企業の集計においては間違えようがなく、審査機関がこれを調べるのは容易であると思われがちです。しかしながら、従業員数という指標はそれほどシンプルな指標ではありません。」(同書、p.138)
従業員数の算定が容易ではないのは、そもそも従業員とはだれのことか、という定義が明確になっていない場合があるからです。 たとえば、グループ会社からの出向者やグループ外の会社への出向者は、従業員として数えるのか、契約社員やパートタイム社員は数えるのか、といったことです。 だれを数えてだれを数えないのが正しいのか、という基準に、一般に公正妥当であるとされるものはなく、それゆえ、報告する企業が自ら定め、開示している基準にしたがっている数え方が正しい、ということになります。
同書には、ある企業の公表している従業員数が、その企業の親会社の連結従業員数よりも多い、という事例や、また別のある企業の有価証券報告書が報告する従業員数と、それと同一の企業の統合報告書が報告する従業員数とが異なる、といった事例も挙げられています。一見するとあたかも奇妙な現象であるかのようにみえますが、「どちらが正しいとかどちらが誤っているということではなく、従業員数という指標は定義のしかたによってその値が大きく異なることがある」(同書、p.140)と指摘されています。
従業員数という指標は、規模の異なる複数の企業(あるいは企業グループ)の属性や成績を比較するときに、従業員1人あたりの値を算出して、それで比較するということがしばしば行われます。従業員数の指標が信頼できるものであることは非常に重要です。 それゆえに、従業員数の統一された定義が企業グループ内にて一貫して適用されていること、その定義が開示されていることを審査人が調べることが期待されます。
その他、取水量に数える水に海水は含まれるのか、上水道の使用量に関する水道局からの通知が月々の初日(毎月1日)から末日までではなく月半ばから翌月半ばまでの期間を対象としている場合、審査人はそれを認めるのか、あるいは、温室効果ガス排出量算定のための排出係数として「調整後排出係数」は適切かなどといった、具体的なさまざまな事例が同書に述べられています。
同書は、ESG指標の集計を手掛けた人なら必ずやいだいたであろう疑問や悩みについて触れており、それらの方々に共感していただけるものと考えます。また、審査人の手続のありかたの一端を垣間見ていただくことで、外部保証への親近感が増すようであれば喜ばしく思います。