マスバランスアプローチ

 

一般社団法人LCA推進機構

理事長 稲葉 敦

 

 

 1.マスバランスアプローチとは?

 

 最近、カーボンフットプリント(CFP)の算定に「マスバランスアプローチ」を使う例が増えている。マスバランスモデルは、例えば、植物由来のエチレン10%と石油由来のエチレン90%を混合してポリエチレン(PE)を製造している企業が、生産したPEの10%を「100%植物由来」とし、残りの90%を「100%石油由来」と表示して販売する方法である。反応器に入力するエチレンは10%がバイオマス由来なので、出口のポリエチレンの10%を「100%バイオマス由来」と言っても、入口と出口でバイオマス由来の量は変わらない、すなわち「マスバランス(物質収支)があっている」という考え方である。

 

 しかし、生産されたポリエチレンは、全てがバイオ由来の炭素10%と石油由来の炭素90%からできていることは明らかである。そこで、このマスバランスモデルをCFPの算定に使うことに反対する人も多い。本稿では、このマスバランスモデルについて解説する。

 

 

2.マスバランスアプローチの根拠

 

 「マスバランスモデル」によるCFPの算定は、2021年頃から見られるようになった。ISO14044:2006(LCA)及びISO14067:2018(カーボンフットプリント(CFP))が発行された時にはなかった算定方法である。これは、製品情報の表示の仕方を類型化した「ISO 22095:2020 Chain of custody- General terminology and models(加工流通過程の管理-一般的な用語とモデル)」に書かれた「モデル4」を根拠にしている。このISOは、原材料の特性とそれを用いて製造した製品の関係を、原料の情報と製品の情報の結びつきの強度で5つのモデルに分けている。

 

 モデル1は、たとえば栃木産の牛肉と群馬産の牛肉が混合されないように管理され販売されるモデルである。原材料が持つ特性がそのまま製品に引き継がれる。モデル2は、同じ特性を持つ製品が同じ事業所で混在して取り扱われるが、両者に共通の特性がそのまま製品の特性として販売されるモデルである。モデル3は、梨のジュース20%とリンゴジュース80%を混合してミックスジュースとして販売されるモデルである。全部の製品で混合の比率が同一であり、原材料の特性はその混合比率に比例して引き継がれる。モデル4がマスバランスモデルである。原材料の特性の引き継がれ方が、製品によって異なるが、全体を平均すれば原材料の特性比率が維持されるモデルである。モデル5は「ブック・アンド・クレイム」と呼ばれる。電力の再生可能エネルギー証書のように、電力は配電網に投入され証書が電力と切り離されて販売される。後述するように、モデル4とモデル5はよく似ていて、同じ批判を受けている。

 

 

3.マスバランスモデルの代表的な例とブック・アンド・クレイム

 

3-1)マスバランスモデルの代表的な例

 

 現在議論されているマスバランスモデルの3つの代表例を以下に示す。

 

①バイオマス由来のエチレンと化石資源由来のエチレンを混合してポリエチレンを作る。

 先述した例である。

 

②グリーン電力と化石燃料電力で製造したアルミニウムのグリーン電力分を100%グリーンアルミニウムとして売る。

 グリーン電力と化石由来電力を混合してアルミニウムを製造している例である。①と違うのは、グリーン電力で製造しても化石由来電力で製造しても、アルミニウムは分子(原子)レベルで見ても同じであることである。

 

③リサイクルプラスチックとバージンプラスチックを混合してプラスチック製品を作る。

 同じプラスチックであることが前提になっている。リサイクルプラスチックの量が増えると現在の製造工程が変化する可能性が指摘されている。

 

 

3-2)ブック・アンド・クレイム

 

 近年カーボンフットプリント(CFP)の算定における電力のGHG排出係数の取り扱いが大きな課題になっている。すなわち、「マーケットベース」を認めるか、「ロケーションベース」でなければいけないか、である。「マーケットベース」では、配電網の一部を構成する再生可能エネルギーで発電した電力だけを購入したものとして、その再生電力事業者が保証するGHG排出量係数を使用する。しかし、「ロケーションベース」では、実際に電線でつながっている電源構成平均のGHG排出量係数を使用する。すなわち、再生可能エネルギーで発電した電力を市場で購入するというが、実際に電線を伝わってくる電気は火力発電の電力とミックスされているので、電源構成の平均のGHG排出量原単位を使うべきだという考え方である。

 

 ISO14067(カーボンフットプリント(CFP))は、2013年版ではロケーションベースがshallであったが、2018年の改定でマーケットベースを認めた。2023年11月に発行されたISO/FDIS14068(カーボンニュートラリティ)でも、「ロケーションベースを必須(shall)としながらも、マーケットベースを許容している。また、民間主導のイニシアチブであるGHGプロトコルおよびSBTiもロケーションベースを基礎としながら、マーケットベースでの算定を認めている。

 

 しかし、ISO14064-1:2018(組織のGHG)はロケーションベースの算定に限定していることを根拠に、欧州ではCFPの算定はロケーションベースでなければならないとする根強い意見がある。それには、「配電網の電力のGHG排出係数は、既に電力証書で販売された再生可能エネルギーの電力も含む係数が使われていることが多いので、低炭素である再生可能エネルギーがダブルカウントになっている」という疑念が根底にある。

 

 

4.マスバランスモデルの支持と批判

 

 産業界では、バイオマス原料の使用に限定した新たな設備を必要とせずにバイオマス製品であることを訴求できる」ことからマスバランスモデルを推進する意見が多い。しかし、「バイオマス製品と訴求された残りについての言及がない。企業にとって都合が良いことだけを訴求している。」という反対意見がある。この反対意見は、再生可能電力をマーケットベースで算定することに反対する意見と同源である。つまり、「バイオマス100%と表示された製品の残りが完全に石油100%として販売されているか」という疑惑が背景にある。従って、マスバランスモデルを適用する場合には、残りの部分についての情報開示が必要である。

 

 さらに、「マスバランスモデルを適用してもしなくても、全体のGHG排出量は変わらない」という反対意見がある。「電力のマーケットベースの算定は、再生可能エネルギーを普及させ地球全体のGHG排出削減に貢献するが、一般のマスバランスモデルの適用は企業のアピールに過ぎず、これを進める社会的意義が認められない。」という見方である。この観点から、3-1)②で取り上げた「グリーン電力と化石燃料電力で製造したアルミニウムのグリーン電力分を100%グリーンアルミニウムとして売る」ことの許容性は高いと思われる。

 

 

5.マスバランスモデルの今後

 

 マスバランスモデルは、同じ物質であるが異なる由来の原料、または認証を受けている原料と受けていない原料が混合されて製品となる場合の算定方法である。マスバランスモデルによるCFPの算定は世界的にもまだ議論中の段階である。産業界ではこれを活用して製品の環境性能を訴求する事例が増えている一方、LCA の専門家の領域ではグリーンウオッシュであるとする意見もある。

 

 2023年3月31日に発行された経済産業省と環境省の「カーボンフットプリントガイドライン」では、マスバランスモデルはCFPの算定にも活用可能であるとした上で、その具体的な仕様は、今後工業会等で作成するガイドラインで決めることを推奨している。

 

 現在(2024年4月)、マスバランスモデルの根拠となっているISO22095:2020の算定方法を詳細に示すISO13662が開発されている。また、ISO/TC207事務局からまだ正式なアナウンスがないが、米国がISO/TC207にマスバランスモデルの算定方法の規格開発を提案したという情報もある。今後の国際標準化の進み方を注視する必要がある。