“ESG時代”における日本企業の情報開示の課題
三井住友信託銀行 経営企画部
理事・CSR担当部長 金井 司
グローバル責任投資アライアンス(GSIA)の集計によると、2016年の世界のサステナブル投資(ESG投資)市場残高は22.9兆ドル(1ドル110円で2,500兆円)に達しており、前回調査(2014年)から25.2%の伸びを示した。最大市場は欧州の12.0兆ドルで、かつて最大規模だった米国(8.7兆ドル)を大きく凌駕している。
データの提供元は各国の責任投資の推進団体“SIF”である。日本のSIF(JSIF)も2004年までは入手可能な公募投資信託等の公表データを集計しGSIAに報告していたが、2016年は大手機関投資家向けのアンケート調査結果を加算したことで474百万ドル(57兆円)と世界全体の2.1%を占めるに至った。さらに2017年10月30日には最新の調査結果として136兆円と前年の2.4倍になったことが発表された。日本に世界を驚かすようなESG投資市場が忽然と現れたのである。
JSIFは、手法別残高も発表している(複数の手法を採用する投資家がおり手法別残高の合計額は136兆円にならない) が、それによると2017年はESGに関するエンゲージメントが88兆円、議決権行使が55兆円、ESGインテグレーションが43兆円だった。興味深いのは国際規範に基づくスクリーニング(24兆円)とネガティブ・スクリーニング(14兆円)である。こうした排除型の運用手法は日本にはあまり馴染まないと思われたが、相応の運用残高がある。また、これらの投資手法は従来の運用にESGの要素を取り入れたものであり、自己宣言すればその日からESG投資にもなり得る。欧米で起きた残高急増のメカニズムが日本でも働いた。
国内外のESG投資市場が尋常でないペースで拡大していると言うことは、(発行体)企業にとっても、他人事ではなくなってきていることを意味する。投資家はESGを単なるスローガンとしてではなく、既存の投資プロセスとの融合を図りながら実体を整えつつある。企業は、自社の大口投資家の現在の取り組み状況を把握し、IR戦略に織り込んでいく必要がある。
また、ESG投資は必然的に長期投資の性格を持つ。ESG投資家は短期的な財務リターンではなく、持続的な成長を投資先企業に求めるため、Win-Winの関係を構築できれば理想的な安定株主になりうる。そうした観点からもまずは現状の株主と良好な関係を築き、前向きなエンゲージメントを受ける関係ができれば、企業にとっても企業価値向上のヒントを得ることができ、メリットは決して小さくないと思われる。
しかし、“ESG時代”の緒戦、日本企業の投資家からの評価は必ずしも高いと言えない。ESG評価データを世界中の機関投資家に提供しているMSCIが2017年7月に発表したレポートにおいて、MSCIジャパン(日本株のみ)とMSCIコクサイ(日本を含むグローバル株式)の格付け分布が比較されているが、最上位のAAAはジャパンの3%に対しコクサイは8%、AAもジャパンの11%に対しコクサイは18%であった。
また、日本企業の十八番の筈の環境の取り組みについても、CDP気候変動レポート2017を読むと、英国や米国企業と同レベルで特段抜きん出ている訳ではない。評価が伸びない原因は、取り組みのレベルに起因するかもしれない。ただ、MSCIのようなESG評価機関は公開情報しか評価しないので、レベルはどうであれ開示がなければ何もやっていないと見なされることに留意する必要がある。
ESG評価機関は総花的な評価はしない。MSCIであれば各セクターのキーイシューを決め、個別イシューごとに重み付けして得点を付与し加重平均したものが総合点になる。極論すれば企業はキーイシューだけ徹底的に取り組みのレベルを高め、詳細に開示すればMSCIの評点は上がる。IIRCの国際統合報告フレームワークは、マテリアリティを「組織の短、中、長期の価値創造能力に実質的な影響を与える事象」と定義している。キーイシューはMSCIが考えるマテリアリティであり、彼らが知りたい財務マターと非財務マターの結節点なのだ。
他方、多くの日本企業は「CSRのマテリアリティ」を特定し開示しているが、これは投資家が求める情報ではない。それでもCSRレポート等で網羅的に非財務情報を開示していれば何処かに引っかかっていたが、簡潔性を旨とする統合報告書に一本化して網羅性を削ぎ落とし、ウェブサイトにもどこにも英語と合わせて開示しなくなれば、「何もやっていないと見なされる」だけであり、このあたりも日本企業のESG評価が上がらない一因になっている。
ESG投資のここまでの急速な拡大は、おそらく誰も予想していなかった。マテリアリティ情報を詳細に読み込み“簡潔な”分析データを(冷酷なレーティングとともに)提供するESG調査機関のポジションが急上昇している。今はこうしたデータを買う側の投資家も急ピッチで分析力を高めており、実際、日本の運用機関の最近の進歩は目覚ましい。
欧州や南アフリカの企業の統合報告書を見ると、このような流れを理解していると思われる。簡潔性を度外視し、定性的にしか表現できないマテリアリティ情報は文章でしっかり書いており、投資家にアピールしたいという意図が伝わってくるのだ。写真だらけの日本企業の統合報告書を読むと、認識の差が大きいと思わざるを得ない。