非財務情報の「財務情報化」への理解と誤解
一般社団法人 環境金融研究機構
代表理事 藤井 良広
2年半ほど前の本欄で、米サステナブル会計基準機構(SASB)の非財務情報開示モデルを説明した。SASBが暫定的な開示案を公表した段階。市場がマテリアルな非財務情報として重視する項目を選び、属する産業・業種の特性に応じた開示基準の制定がポイントだった。
その後、SASBは2018年11月に正式基準を公開した。だれでもサイトを通じて11産業77業種の基準にアクセスできるので、すでに精査された方も多いと思う。そのSASBが今、日本でちょっとした「ブーム」という。
実際、複数の日本企業がすでにCSR報告書等で「SASB準拠」をうたい、SASBの開示項目等を活用している。SASBによると、サイトへの国別アクセス件数は、米英に続き日本が3位。
日本での「SASB人気」は、前回指摘した「産業・業種の特性に応じた開示基準」への共感だ。たとえば、温暖化への影響は、従来ならばすべての企業がCO2排出量や、排出削減に向けた経営方針の明示等が問われた。しかし、SASBでは、CO2排出量の少ない金融機関やサービス業などの開示項目には、CO2関連情報はない。
たとえば金融機関のうち商業銀行が求められる非財務情報開示項目は、①データ・セキュリティ②金融包摂(Financial Inclusion)・キャパシティビルディング③信用分析へのESG要因の統合④企業倫理⑤システミックリスク・マネジメント、の5分野。特に③が軸だ。
長年、一律開示になじんできた日本企業も、さすがに企業が「E(環境)」と「S(社会)」に及ぼす影響は、産業・業種によって異なる、という当たり前のことを理解し始めたようだ。
一方で、「誤解」も芽生えている気がする。それはSASBを「非財務情報開示」の手段とみる「誤解」だ。SASBは単に非財務情報の開示を求めるだけではなく、それらを財務情報化する手段なのである。
わかり易く言うと、SASBは環境報告書やCSR報告書などの非財務情報開示用ではなく、それらの非財務情報を「財務報告書に盛り込む」ために開発されたのである。米上場企業が米証券取引委員会(SEC)へ提出する年次報告書(10-K)用の非財務情報開示項目「規則S-K」の運用ガイダンスである。
ただ、SEC報告書のS-Kは「非財務情報の財務情報化」を求めながら、そのための手段、方法論を十分に示していない。そこでSASBが自主的に取り組んできたのだ。
SASBで重要なのは、産業・業種別に整理された開示項目(Topic)のみならず、それぞれの項目の開示基準(Metrics)が、企業の財務価値にどう影響を及ぼすか、をみる点にある。
開示項目に準拠して、自社の関連情報を並べるのは比較的簡単だ。だが、それらを開示基準に沿って「財務情報化する」のは容易ではない。SASBのサイトをご覧いただければ、開示基準は極めて実務的かつ厳密に抽出されている。この「基準適合性」が不十分だと、開示自体への信頼性を損なう。
だが、非財務情報を財務情報化する重要性は確実に高まっている。国際会計基準審議会(IASB)のハンス・フーガホスト議長は最近、「サステナビリティ報告書も、投資家に向けて、投資先企業の将来の財務的リターンに影響する気候変動情報等を開示すべき」と強調した。
財務情報と非財務情報を区分けした従来型の情報開示が、市場の需要に合わなくなっており、統合化のベクトルが一段と強まっているのは間違いない。それも財務情報への統合化のベクトルである。