世界的な感染症リスク下での気候変動対策の変化の方向性

 

東京大学名誉教授

安井 至

 

 コロナの影響が、思ったよりも軽減されない現状を見ると、今後、なんらかの大々的な進化が起きない限り、そう簡単に「無罪放免」にはなりそうもない。日本も、第3次のピークが来ないとも限らない状況ではあるが、米国とヨーロッパの近況は、Johns Hopkins 大学のコロナ情報を見ると相当に酷いものである。一方、インド、ブラジル、アルゼンチンといった国々は、なんとか、第1次のピークを克服しそうな気配が見え始めているが、その実態は相当に厳しい。

 

 日本における CO2 排出量がコロナで減少したのは事実であるが、人々が海外旅行に出られないのは当然として、国内の旅も Go To Travel で多少傾向は変わったものの、やはり、観光シーズンと言うものがどこかに飛んでしまったことに変わりはない。  

 

 コロナによって、CO2 排出量が減少する最大の理由は、人が家庭に籠るからであり、特に、日本という国では、コロナに感染すると謝罪するのが普通になり、極端な場合には、社会から異物として排除され、社会的死に近い状態になりかねないという日本独特の妙なカルチャーのためか、人々が移動を極端なまで回避したことが、CO2削減の原因であると言うことになる。

 

 勿論、それと同時に、製造業を中心とした産業が、やはり機能できなかったことが大きかった。今後、日本経済の復活をやはり目指すべきだと思われるが、人の移動が自由になり、製造業が旧来のレベルにまで復活した暁には、CO2 排出量は元に戻る可能性が高いことを意味する。となれば、CO2削減は、本当に、一時的なものになるのではないだろうか。

 

 さて、今後の未来像であるが、コロナがどうなるか、その予測はかなり難しい。ワクチンを早期に供給できるような発表もいくつかあったものの、やはり、安全性を絶対的な精度で検証する必要があり、早期普及は夢になったようである。

 

 このところ、感染者は余り減少しないものの、死亡者は減少傾向であると思われるので、徐々に、インフルエンザと同じ扱いになる可能性が高いものと想定すべきなのだろう。そうなれば、インフルエンザの経済への悪影響は、それほど問題にされないことを考えれば、コロナも、2年後ぐらいには、風邪の一種として理解されているのではないか、と思われる。

 

 さて、CO2 削減であるが、パリ協定を2015年の12月に受け入れた日本であっても、実は、ほとんど進展していなかったに等しい。いくつか要素があるが、原発の再稼働が思ったように進んでいないことも重要な要素である。今後、原発の再稼働がどのぐらいのスピードで進むか、と言われると、それはもはや無理ではないか、と思われる。

 

 その理由は、原子力規制委員会の原発に対する縛りが非常に厳しいからである。防潮堤を増強すること、具体的には、より高い防潮堤とすることなどの対応は進んだものの、今後、テロ対応などといった非常に難しい条件まで、クリアしなければならない。テロといっても、具体的には航空機による直撃まで考慮する必要があるようだ。

 

 いささか極論になったが、ごく普通の CO2 削減であっても、それが難しい理由は、非常に簡単で、化石燃料ほど備蓄が簡単で、使い勝手の良いエネルギー源は他に無いからである。もし、化石燃料の使用が禁止されれば、極一部が原発依存、そして、大部分は、再生可能エネルギーによる電力に依存することになる。電力を備蓄することは、不可能ではないが、その方法は電池が現実的である。

 

 ところが、電池のコストは相当に高い。現状の高性能電池は、リチウムやコバルトなどの希少金属を使うものだからである。それなら、リチウムの代わりにナトリウムを、コバルトの代わりに鉄を使えば良いのでは、と言われるかも知れないが、やはり、現状だと、性能的に無理がある。

 

 コロナによって、極めて優勢になったものとして、リモートによる勤務や授業などがある。実際、移動しないのだから、CO2 削減に寄与することは確実である。リモートの仕組みの一部は、しばらくは残るものと思われるが、このところ、徐々にリアルに戻りつつあるのも事実である。

 

 大学の機能は、単に、授業を行うだけではない。学生にとって、大学に集うことによって、生涯の友ができる可能性があるが、リモートだけの大学では、恐らくその可能性はゼロに近いだろう。

 

 企業にとって、リモートで可能な勤務があることは認めざるを得ないが、リモートのもっとも重大な欠点が、微妙なコミュニケーションが難しいことである。何か問題のある社員に対して、上司が叱責をしなければならないとき、それをすべてリモートでやることはあり得ない。叱責の場合こそ、お互いに相手の表情をどう認識するか、といった双方向コミュニケーションが必要な最たるケースであり、リアルでやること以外に方法は無いと信じる。

 

 となると、働き方が100%リモートになるということが起きるとは思えない。リモートによる CO2 削減は、まだ、通勤電車がいささか空いていることを考えると、しばらくは継続するだろうが、未来永劫続くとはとても思えない。

 

 以上、極めて散文的な考察を続けてきたが、コロナも、致死的でなくなる可能性が高いことを考えると、現状がこのまま続くとはとても思えない。すなわち、社会は、コロナ以前に戻ると考えるのがもっとも可能性が高いと信じている。そうなれば、CO2 削減量もほぼゼロに戻ることであろう。すなわち、気候変動対策そのものに大きな変化が起きることは無いだろう。

 

 

※東京大学名誉教授、国際連合大学元副学長、独立行政法人・製品評価基盤機構元理事長、 (株)バックキャストテクノロジー総合研究所 特別顧問。