TNFD開示にあたってのキーポイント ―目的を意識した開示の重要性

 

 

WWFジャパン 

自然保護室 (金融グループ)

小池 祐輔

 

 企業の経済活動による自然資本の棄損スピードは非常に早く、持続可能性が無いと言われるようになって久しい。しかし自然を棄損する事業活動は消費地から遠く離れた場所で起こっていることが多く企業が直接的に行っている活動ではないために外部不経済性として適切に分析、対処がなされてこなかった。外部不経済性の内部化に向けて、企業と自然との関係が分析され市場と共有されることが重要である。そこで、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が自然資本の保全に向けて資金の流れを変えるためのカタリストとしての役割を果たすことが期待される。 

 本稿では、前段ではマクロ・ミクロのそれぞれの視点からTNFDの役割を考え、後段ではTNFDの開示・解読のためのキーポイントを紹介する。

 

 

1.TNFD開示の目的

 

マクロな視点:

 TNFDを通じて、自然関連の情報収集、開示を行うことは「共有地の悲劇」の回避につながる。共有地の悲劇とは、誰もが利用可能な共有財産の使用においては個々が利益の最大化を図り、共有財産を枯渇させてしまうことをいう。ギャレット・ハーディンが1968年に、共有地であるがゆえに過剰放牧される放牧地を例にその考えを提唱した。

 市場全体に広く投資している大投資機関や中央銀行は「共有地の悲劇」を懸念している。自然資本の枯渇に潜むリスクは金融危機のような市場の混乱をも引き起こしかねないためだ。個社のリスクは分散により抑えられても、市場が抱えるリスク(システマティックリスク)の低減のためには市場の仕組みを変える必要がある。そこで、TNFDを通じて市場に出ていなかったデータが収集され、市場と積極的に共有されることが重要となる。

 

ミクロの視点:

 法規制等によりで急に環境コストが内部化されると企業にも打撃が大きい。日本では高度経済成長期以降、四大公害病など訴訟により、直接操業地点近くの地域環境に企業が責任を持つことの重要性が強調された。しかし、現在もバリューチェーン上では違法伐採や違法な排水、人権侵害などが依然と起きている。日本の企業もこれらの問題をバリューチェーン上の問題として「知らなかった」では済まされない。TNFDのフレームワークを用いてバリューチェーン上の自然との関わりを分析し、企業が事業を行う上で自然に与えているインパクトを分析・把握することは企業戦略の観点からも重要である。

 

 財務諸表などの情報開示は「情報の非対称性」を解消するために重要であり、それを「マーケティングツール」と捉えることは粉飾決算などにつながり、市場・個社双方の不安定化を招いてきた。TNFD開示も「情報の非対称性」の解消に焦点を当て、ミクロ・マクロの視点から開示の目的を意識することが重要だ。

 

 

2.TNFD開示にあたっての4つのキーポイント

 

 上記を踏まえたうえで、TNFDが自然資本保全に向けてのカタリストとしての役割を果たすために、特に初期のTNFD開示で重要だと考えられるポイントを以下の4点にまとめて紹介する。

 

(1) TNFDで開示するマテリアリティの選択

 TNFDでは財務マテリアリティとインパクトマテリアリティを提示している。財務マテリアリティは自然との依存・影響関係がどの程度の財務影響を当該企業に与えうるのかを分析したもの。例えば、水質汚染を引き起こしたことによる賠償金額などがこれに当たる。一方、インパクトマテリアリティは企業がどの程度自然にインパクトを与えるのか、ということ。企業が起こした水質汚染の結果、失われた生態系などはネガティブなインパクトマテリアリティの一例にあたる。

 TNFDは財務マテリアリティの採用を必須、インパクトマテリアリティを任意としている。しかし、ビジネスの持続可能性を考える上ではインパクトマテリアリティの採用が欠かせない。

 

(2) 4つの自然関連課題の特定・評価、および優先地域の特定

 TNFDでは自然との依存・影響関係の分析が4つの柱(ガバナンス・戦略・リスクとインパクトの管理・測定指標とターゲット)に沿った開示の土台となる。

 共有地の例に戻ってみる。共有放牧地を持続可能にするために重要なのはデータの「収集」と「開示」である。まずその土地に関するデータが必要だ。放牧地の植生、生態系、降水量などデータが揃うと持続可能な放牧のレベルが分かってくる。次に開示だ。放牧地の利用者がそれぞれ家畜の頭数、放牧頻度、放牧予定地などの共有地への依存・影響度合いを公開する。これらのデータや開示情報があって初めて持続可能な共有地利用に向けての各酪農家の考えるガバナンスや戦略、リスクとインパクトの管理方法、指標やターゲットの適切性が判断できる。

 TNFDでは共有地を地球、放牧を企業活動と読み替えて、応用することができる。まずバリューチェーン上で自然へのインパクトが大きい場所を特定し、特性を把握する。場所の特性を把握し、どのような影響を企業が与えているのかを分析すると、その場所に潜むリスクや機会が分かってくる。共有地の酪農家同様、場所に関する詳細なデータ、また特定の場所での企業と自然との依存・影響度合いの開示無しには、4つの柱の適切性は判断できない。

 

(3) ミティゲーションヒエラルキー (マイナスインパクト回避の優先)

 自然資本の保全のためには、まず自社が引き起こしているマイナスインパクトに対応することが優先だ。過剰放牧を続ける酪農家が放牧地の周りに花壇を作り環境整備をしても、根本の問題が解決しない限り共有地の悲劇は起こりうる。花壇を作ること自体が否定されるものでは全くないが、本業である放牧が与えるマイナスインパクトの軽減・回避に取り組まないと持続可能性は実現しない。

 同様に、植林や工場周りのビオトープも社会貢献活動としてはよいが、共有地の悲劇を阻止する活動ではない。まず自社事業が自然に対して与えるマイナスインパクトをどのように軽減・回避していくか、その次は事業を通じて与えてしまったマイナスインパクトをどのように補償していくかといった観点でTNFD開示にも取り組むべきだ。

 

(4) IPLC(先住民族と地域社会)と、影響を受けるステークホルダー

 バリューチェーン上で自然との接点を確認する上で、先住民族や地域住民などの影響を受けるステークホルダーの特定も重要である。まず、先住民族や地域住民の人権が尊重されていることは最低限必要である。また、地域住民への積極的なエンゲージメントがマイナスインパクトの軽減にもつながる。例えば森林を開拓している小規模農家は、森林保全に対する認識が薄い、あるいは生活の質の向上のために開拓を進めている場合もある。そのような小規模農家にエンゲージメントを進め、森林保全に対する認識を高め、生活の保障をすることでマイナスインパクトが軽減されることもある。

 特に、バリューチェーン上で自然接点に当たる場所でのステークホルダーへのエンゲージメントの重要性がTNFDでも強調される。

 

 

 日本企業のTNFD開示が進む一方、自社事業と自然との依存・影響関係をバリューチェーンまで含めて分析し、「共有地の悲劇」の回避に有効な情報収集・開示を行っている企業はまだまだ少ない。TNFD開示を行う際は上記の4点を確認しながら、マクロの視点、ミクロの視点双方で意味のある開示になっているかを是非確認いただきながら準備を進めていただきたい。

 またWWFジャパンはウェブページ上1でTNFD キーポイントの詳細、及びTNFDキーポイントを参照したベンチマーク調査を行っている。TNFD開示の準備、及び解読の一助となることを期待したい。

 

  

 

1:

WWFジャパン TNFD開示にあたっての4つのキーポイント

https://www.wwf.or.jp/activities/lib/5750.html