COP29と第2次トランプ政権
地球環境戦略研究機関(IGES)
気候変動とエネルギー領域
ディレクター 田村堅太郎
2024年11月にアゼルバイジャンで国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)が開催された。その開催直前に実施された米国大統領選挙で、パリ協定からの再離脱や化石燃料の増産を公約として掲げていたトランプ氏の再選が決まった。本稿では、トランプ氏の大統領就任以降の動向も踏まえ、COP29の成果について考察する。
(1)パリ協定のもとでの新たな気候資金に合意
COP29では、開発途上国における気候変動対策への資金供与・動員に関する新たな数値目標の設定が最大の交渉議題となった。この政治的に非常に難しい議題は紛糾し、35時間の延長の末、各交渉グループがそれぞれ妥協する形で合意された。
気候資金に関連する合意事項は大きく二つあった。一つは、途上国への公的支援を2035年までに年間3,000億ドルとする目標である。もう一つは、途上国における気候変動対策に資する官民合わせた資金を2035年までに年間1兆3,000億ドル以上に拡大するための行動強化を呼びかけたことである。
この合意は、2つの点においてパリ協定の精神に沿ったものとなった。第一に、任意ではあるが、途上国からの公的資金も含みうるという点である。3,000億ドル目標は、二国間政府開発援助や国際開発金融機関(MDBs)からの公的資金に加え、海外取引に伴うリスクに対する貿易保険など、公的支援によって動員された民間資金を含むものである。先進国が率先して提供するが、途上国による南南協力等も自主的に報告すればカウントされることになった。
交渉中は、中国などは新興国や途上国が公的支援の出し手と位置付けられることに対して強硬に反対する場面もあったが、結果的には、自主的なもの、という扱いで決着した。これは、中国を筆頭とする新興国の経済力が増加しているという国際経済の構造変化に加え、先進国や途上国に関係なく、すべての国がそれぞれの能力に応じて気候変動対策に貢献するというパリ協定の精神を反映したものである。パリ協定が採択される前の2009年に合意された現在の年間1,000億ドル目標では、先進国のみが資金支援の出し手となっている点と比べて画期的といえる。
二つ目は、気候行動に向けた1兆3,000億ドルは、支援という位置づけを超えて、純粋な民間資金や投資を含むものということである。これは、「低排出で気候耐性のある発展と整合性のある資金の流れを確立する」としたパリ協定の全体目的(2条1項)の文脈に合致するものである。つまり、1.5℃目標に向けた脱炭素社会や気候変動に対して強靭な社会を構築するためには、エネルギーシステムのみならず、社会経済システム全体を変革する必要があり、公的な資金でだけでなく、民間資金を含めたすべての資金の流れを、社会の脱炭素化や強靭化に向けたものとする必要がある。1兆3,000億ドルの資金の流れをつくるという呼びかけは、この方向性を目指すものと解釈することができる。
このように、COP29における気候資金交渉では大きな前進が見られたが、第2次トランプ政権の誕生が影を落とすことになる。トランプ大統領は就任初日に、パリ協定からの再脱退に加え、パリ協定の親条約である気候変動枠組み条約のもとでのすべての資金貢献を停止することや、バイデン政権が進めてきた年間110億ドルとなる国際気候資金計画を取り消すとする大統領に署名した。さらに、米国政府の海外援助組織であり、途上国の気候変動対策も支援してきた国際開発庁(USAID)の解体を決めた。こうした米国の動きは、気候資金の動員目標の達成の障害となり、国際的な気候変動対策を進めていく上での足かせとなる。
米国が抜けることの埋め合わせをする国が出てくるのかが注目される。最大の候補は中国であろう。中国は、国連の気候変動交渉の場では、途上国としての立場を堅持し、自らが資金提供国として位置付けられることに強く反対してきた。他方、南南協力などを通じて気候資金に該当する資金提供をおこなっている。2013年から2022年までの10年間に450億ドルを提供したとの研究機関による推計値がある。この額は日本、ドイツ、米国、フランス、英国に続き6番目となり、英国ともほぼ同じ規模である。今後、地政学的な動機からも、他の途上国への影響力を高めるために、南南協力を通じての気候資金の提供や、「一帯一路」構想のグリーン化により、自国企業が競争力をもつ再生可能エネルギー技術や電気自動車の普及、および関連インフラの整備を後押しするための融資や投資を拡大していく可能性がある。注視していく必要がある。
(2)排出削減強化の機会を逃す
気候資金の議論の影に隠れがちであったが、COP29には、もう一つ大きな注目点があった。前回COP28で採択されたグローバル・ストックテイク成果文書のフォローアップである。グローバル・ストックテイクとは、パリ協定の全体の進捗状況を評価し、次期排出削減目標の強化につなげるためのプロセスである。その成果文書には、化石燃料からの脱却、2030年までに世界の再生可能エネルギー容量を3倍、エネルギー効率の年間改善率を2倍にするといった方向性が示された。
次期排出削減目標(NDC)の提出期限は2025年2月であり、COP29では、各国がこの方向性を次期削減目標に反映させることを後押しするような文言が盛り込まれることが期待された。しかし、サウジアラビアなどが強く反対し、合意できず、議論は2025年11月に開催されるCOP30へ持ち越されることとなった。グローバル・ストックテイクの成果を次期NDCの強化に活かす絶好のタイミングを逃してしまった。
さらに、米国では、化石燃料の増産を政策の優先課題として掲げるトランプ政権の返り咲きにより、国内政策の後退は避けれそうにない。産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑えるという世界共通目標を実現するために、今(2025年)は「勝負の10年」の中間点にある。現時点で、世界全体の排出量の推移は、1.5℃目標に向かう経路から外れており、軌道修正ができるか否かの瀬戸際に立たされている。まさに世界が対策を強化し、温室効果ガス排出削減のアクセルを踏まなければいけない時に、排出大国の米国がブレーキを踏むことになる。
また、バイデン政権は表舞台でも水面下でも、中国などに、より野心的な排出削減目標を設定するよう外交的な圧力をかけていた。こういった圧力や、先進国が資金支援を約束したことにより、新興国・途上国は対策を進めてきた側面もある。それが米国からの圧力も資金もなくなれば、各国の排出削減目標の引き上げは限定的なものとなってしまう懸念がある。
実際、次期NDCの提出期限である2025年2月10日より前に提出したのは、195のパリ協定締約国中、13カ国に過ぎなかった。その後、カナダ、日本も提出し、2月20日時点で、15カ国となっている。ちなみに、米国もバイデン政権下で2024年12月に提出しているが、トランプ政権は既にパリ協定からの脱退通知を行っており、脱退が効力を持つのは1年後だが、実質的なものではなくなっている。今後、多くの国が次期NDCを提出することは間違いないが、提出を加速させ、より野心的なNDCを後押しする国が不在となってしまった。
ただし、悲観的な側面ばかりではない。米国内では、石炭火力の衰退、再生可能エネルギーの拡大、といったエネルギー変革の流れは、第1次トランプ政権の時(2017年から2020年)も維持され、今後も継続するであろう。バイデン政権の政策が続いてると仮定した場合よりも温室効果ガス排出量は増えるものの、今後も排出削減傾向は続くと試算されている。さらに、多くの州政府や民間企業は、バイデン政権が掲げた排出削減目標を堅持する旨を発表している。こうした非国家主体との国境を超えた連携を強化していくことは、今後に繋がるであろう。
また、米国の政策の揺り戻しの可能性もある。第1次トランプ政権からバイデン政権に変わった後の2021年4月、日本政府は2030年の排出削減目標を「13年度比26%減」から「同46%減」に引き上げたが、この背景にはバイデン政権からの強い働きかけがあった。米国でまた気候変動対策に積極的な政権が誕生すれば、目標のさらなる引き上げを迫られ、大幅な政策変更を余儀なくされる可能性がある。
日本を含め各国は、米国内の政治サイクルに惑わされず、気候政策の「基本」からぶれずに、行動強化を続けることが肝要である。つまり、温暖化を止めるためには二酸化炭素排出量のネットゼロを達成する必要があること。そして、温暖化レベルをなるべく低く抑えるためには、累積排出量をできる限り減らす、つまり早期かつ大幅な排出削減が不可欠ということだ。
日本政府は今後の削減目標として、排出量が最大であった2013年から2050年ネットゼロに向けて直線的な削減を次期NDCとして提出した(2013年度比で2035年度60%削減、40年度73%削減)。日本のこの数値は最低限実現しなければならない水準と捉えるべきである。多くの研究結果が示すように、再生可能エネルギーを中心とした脱炭素電源へ移行しつつ、社会経済構造を大きく変えることでエネルギーの使い方をより柔軟かつ効率的なものへと変えることで、直線的な削減よりも早期かつ大幅な削減は可能である。さらなる取り組み強化に向けた議論の活性化が必要である。