「踊り場」の今、再考すべきサステナブルファイナンスの意義

 

 

政策研究大学院大学

教授 竹ケ原 啓介

 

  

サステナブル投資の多義性

 

近年影響力を増してきたサステナブルファイナンス(Sustainable Finance)に厳密な定義はない。2050年カーボンニュートラル実現のための膨大な資金需要のうち民間資金が担う部分を指すとする考え方もあれば、EUタクソノミーが規定する厳格なグリーンプロジェクトへの投融資に限定する向きなど、捉え方は人によって様々である。いずれにしても、様々な類似の活動を包括的に捉えたコンセプトであり、ここでは、環境問題など社会課題の解決を通じて持続可能な社会を実現する金融機能と広く捉えておこう。

 

 サステナブルファイナンスには、宗教的な倫理観に基づく投資規範や南北問題の解決に向けた開発金融など、様々な源流と長い歴史がある。わが国に限定すれば、1990年代末の社会的責任投資(Socially Responsible Investment)が萌芽とされ、比較的歴史は浅いものの、2006年の国連責任投資原則(PRI)を機に関心が高まり、短期間のうちに大きく拡大した。直接の契機は、2015年の世界最大規模の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)によるPRI署名といわれる。アセットオーナーの雄であるGPIFがESG投資に舵を切ったことで、インベストメントチェーン全体に大きな変化が生じ、その後は、統合報告、TCFDフレームワーク、ISSBによるコンバージェンスなど、企業サイドの情報開示の進展と歩調を合わせるように、わが国でも急速に主流化が進展してきた(図)。ちなみにESG投資という用語も明確に定義されているわけではなく、ここでは、環境・社会・ガバナンスなど、いわゆる非財務情報に着目した投資として、広義のサステナブルファイナンスの一部として捉えている。

 

サステナブルファイナンスを取り巻く外部環境の変化

 

 最近、そのサステナブルファイナスを巡る雲行きが怪しい。一昨年あたりから、インフレによる資材価格や人件費の高騰と金利上昇を受けて、主に欧米を中心に大型の洋上風力案件が頓挫したという報道が相次いだ。売電収入の上昇が見込みにくい中で、投資負担が増し、ハードルレートが上昇すれば、採算確保が難しくなるのは当然のことだが、昨年はこれに米国の政権交代が重なったことで、サステナブルファイナンスへの逆風が一段と強まる展開となった。いわゆる反ESG活動の影響である。周知の通り、米国ではESGという用語が忌避されるようになり、これを冠した投資ファンドの閉鎖が相次いでいるほか、ネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)など、集団的なエンゲージメント活動が独占禁止法(反トラスト法)に違反するという法的リスクが顕在化してきたのを受けて、日米の有力金融機関の脱退が相次ぐなど、その影響は広範囲に及んでいる。こうした事情を背景に、サステナブルファイナンスは踊り場を迎えたとの指摘が目に付くようになってきた。実際、グリーンボンドやサステナビリティボンドなど、拡大を続けてきた、いわゆるラベル付きボンドの発行ペースにも鈍化傾向が見られる。もし、発行体がサステナブルファイナンスに魅力を感じなくなり、投資家もその合理性に疑問を抱き始めているのだとしたら、大きな潮目の変化といえるだろう。

 

 

サステナブルファイナンスの本来の意義

 

 しかし、本当にそうだろうか。先を展望するために重要なのは、この「踊り場」にあって、サステナブルファイナンスの意義を改めて確認してみることだろう。その根底には、金融市場の持つ「効率性」により、持続可能な社会が実現することへの期待がある。すなわち、金融市場の目利きにより、企業による社会課題の解決と同期した価値創造(成長戦略)が正しく評価されれば、優れた価値創造ストーリーを構築した企業の資本コストは低下し、競争上優位なポジションに立つ。こうした企業の活動が優位になることで、長期的に社会全体の持続可能性が高まるという期待である。適切なマテリアリティの特定、無形資産投資の財務パフォーマンスへの接続(価値関連分析)など、企業による非財務情報開示の充実に向けた努力は、この機能を発揮するための必要条件であり、その意味では、これまでのところ、金融界と産業界の目線は合致していたといえる。

 

 

ESG運動を誘発したものは何か

 

 もしサステナブルファイナンスを巡る潮目が変化しているのだとすれば、効率的市場仮説に基づくこうした期待や共通認識が失われつつあることになるが、どうだろうか。

 

 反ESG運動を惹起した要因の一つに、サステナブルファイナンスの一類型であるエクスクルージョン(ネガティブスクリーニング)への反発が指摘されている。これは、17世紀のクェーカー教徒による宗教的価値観に基づく投資選別に始まる最も古い投資手法の一つであり、近年までサステナブルファイナンスの中で大きなウエイトを占めていた。除外基準は、国際的な規範から投資家のポリシーや選好まで様々だが、近時、気候変動対策の一環として化石燃料を排除する動きが拡大していた。これが上流投資を滞らせ、インフレによる燃料費高騰に拍車をかけて、市民生活を圧迫したという批判を呼び、反ESG運動を勢いづかせたという展開である。

 

 仮にエクスクルージョンの行き過ぎが一因だとすれば、打開策はありそうだ。理屈で考えれば、エクスクルージョンによってポートフォリオに制限を加えることは、投資家にとって好ましい状況ではない。これに組しない別の投資家が、より広範なポートフォリオを構築できることになり、競争上不利になるためだ。また、排除されたセクターからみても、別の投資家がすぐに穴埋めをしてくれれば、資本コストへの影響はほとんどなく、企業行動を変えるインセンティブにはならない。

 

 

サステナブルファイナンスの拡張は続く

 

 多排出産業を投資対象から除外するのではなく、合理的な削減経路(パスウェイ)を設定し、段階的な削減努力を続けて、最終的に次世代イノベーションの実装(低コストのグリーン水素やメタネーション)で着地させるという、わが国が提唱したトランジションファイナンスというアプローチは、当初はグリーンウオッシュを助長する懸念ありとの批判を受けたが、その後、EUタクソノミー体系にも取り込まれるなど、そのコンセプトに対する支持を徐々に広げている。安易にエクスクルージョンに組しない投資行動のオプションは広がっているのだ。

 

 サステナブルファイナンスの主流自体、既にエクスクルージョンではなく、ESGインテグレーション、エンゲージメントに軸足を移している。これらの基本は長期投資であり、社会、すなわち顧客が中長期的に直面する社会課題を特定し、その解決と成長戦略を同期させる優れた価値創造ストーリーを応援するという性格を持つ。トランジションファイナンスは、その典型例ともいえ、反ESGの今だからこそ、その存在価値を一段と発揮できるのではないだろうか。また、企業のパフォーマンス測定に関して、GHG偏重を改め、自然再興や資源循環を組み合わせる試みや、資金使途特定の領域においても、狭義のグリーンプロジェクトに加えて、これに不可欠な貢献を果たす上流の財(グリーン・イネーブリング・プロジェクト)を投資対象に加える検討が進むなど、仔細にみれば、逆風下にあっても、情報の透明性を高めつつ、サステナブルファイナンスの対象を拡張する動きは着実に進んでいる。